一輪の花



「え? 僕が、ですか?]

「あなたのほかに誰がいるっていうの?」

「そんな、まさか」

「あきらめなさい」

「いえ、待ってください!」

「待ちません。さようなら」

「あ、ちょっと、行かないでください!」

「私は忙しいのです」

「そう言わずに待ってください!」

「待ちませんったら待ちません」

「そこをなんとか!」

「しつこいですよ」

「お願いします!」

「お願いされても困ります」

「頼みますよ!」

「いい加減になさい」

「でも」

「なんですか」

「その」

「なんなんですか」

「あのですね」

「まったく。言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ」

「さきほどから足踏みしているだけで、一歩も進んでいないようですが」

「それが?」

「それって、僕を待ってくれてるんですよね?」

「今さら何を言っているのかしら」

「じゃあ、やっぱり」

「あなた、私が何事にも準備を怠らない人間だと、よく知っているはずよ?」

「ええ、まあ」

「この足踏みは、あなたの前から去るための準備運動よ」

「準備運動? なるほど、そう言って本当は待ってくれてるんですね?」

「待っていません」

「いいえ待ってます」

「待っていませんったら」

「とか言っちゃって、もう、優しいんだから」

「な、なにを言ってるのかしら。いやらしい」

「なにがいやらしいんですか?」

「あなたのそういうところがです」

「本当は僕のこと、好きなんじゃないですか?」

「なっ」

「照れなくてもいいじゃないですか」

「照れてなんかいません!」

「ほら、赤くなってますよ」

「怒っているんです!」

「わかりました。そういうことにしておきます」

「わ、私は本当に怒っているんですからね!」

「ええ、すごく怒ってらっしゃる」

「まったく。あなたの頭の中はどうなっているのかしら」

「きっと花でも咲いてますね」

「なるほど、頭の中がお花畑なのね。よくわかっているじゃない」

「いえ、お花畑ではないですよ。きっと一輪しか咲いていません」

「一輪?」

「はい。あなたという、一輪の花です」

「は?」

「また赤くなりましたね」

「怒っているんです。そしてもう、あきれているんです」

「ええ。どこからどう見てもあきれてらっしゃる」

「あなたがこんな人だとは思いませんでした」

「惚れ直しましたか?」

「考え直しました」

「なにをです?」

「とてもあなたのような人には任せられません」

「え? それって、つまり」

「あなたには引き続き、私のそばにいてもらいます」


Original Photo by Konji Nogitsune