プロセス地図



 晴れてる空は気持ちいいね。
ちょっと冷たい空気を感じながら、
ぼくはあったかいコーヒーを飲むよ。
砂糖はちょっぴり多めにね。

 空が青いとうれしいね。
ほっと息をつきながら、
お気に入りの音楽にスイッチを入れるよ。
ボリュームはちょっぴり小さめにね。

 そんな朝が、ぼくは好きだ。

 なにかが始まるときは、ぼくが気づくよりずっと前に、
そっと静けさを身にまとって、この耳にささやきかける。
あなたはきっと、天使なのね。
あるいはきっと、戦士なのね。

 予定だらけのカレンダー、それはあくまで地図にすぎない。
いくら地図をながめていても、想像という国境は越えられない。
きみの見つける宝物も、地図の上には載っていないのだ――


「ねぇねぇ、しってる? 今日あの人が来るんだってさ」
 勤務先の会社に着いたとたん、同僚のメグミさんが駆け寄ってくる。
「へ? あの人ってだれよ?」
「だれって、あの人にきまってるじゃない! キャサリン・ブロンコビッチ!」
「……だれ、それ?」
「なあに? しらないの? この会社のシャチョオ!」
「ふうん、そうなんだ。……それで?」
 メグミさんはもどかしそうに声をひそめて、
「あのひとに目をつけられたら、もうここにいられないよ。
前に来た時だって、そのあと3人も異動になったんだから」
「ふうん。まあ、ぼくはいいけど。独身だし、まだ入社して半年だしな」
 そんなぼくの返答に、彼女はなにか物足りなかったのか、
口をへの字にしたあと、なんだか寂しそうに去っていった。

 その日の午後、例のあの人がやって来た。
でも居たのはほんの10分くらいで、思ったよりあっけなかった。
年齢も見た目もそこそこの、ふつうのオバチャンって感じだが、
時折見せる笑顔がすてきで、案外やさしそうな人だった。

 結局その後も、誰ひとり異動にはならなかった。
それと、あとから聞いた話だが、どうやらメグミさんはぼくに気があったらしい。
「ねぇねぇ、おぼえてる?」
――と、寿退社をするメグミさんの送別会で、そう聞かされた。

 あれから2年ほどが過ぎて、ぼくは今の生活にもずいぶんと慣れていた。
明日の予定、明後日の予定、来週、来月、来年の予定までも見通せそうなくらい。
(あの時、異動になっていたら……)
 この頃、ふとそんなことを思ってしまう。
いや、それよりも多く思い描いてしまうのは、
(もっと早く、メグミさんの気持ちに気づいていたら……)


 気づくのが遅かったのは、彼女の気持ちではなく、
自分自身の気持ちなのだ、と本当はわかっている。
でも、気持ちがこの先どう変わるか、なんて、わかんないじゃない?
毎日おなじことをしていたって、気持ちはどんどん変わっていくんだ。
 だから、嬉しくなったり、切なくなったりもするんだけど、
きっとまた、新たな想いに出合えるんだと思う。
それって少し、たのしみだよね。